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大阪高等裁判所 平成6年(う)387号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は原審共同被告人山本武重との連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人村上有司作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する(弁護人は、控訴趣意は事実誤認及び量刑不当の主張に尽き、控訴趣意書第二の「法令適用違反」は、同第三の量刑不当に関する事情として主張する旨釈明)。

一  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人は原審共同被告人山本武重(以下、山本ともいう。)と一緒に中島光明(以下、中島ともいう。)に対してその約束違反を追及しただけであって、山本と共謀して中島を恐喝したものではないし、仮に、本件当夜の被告人及び山本の言動が中島に対し心理的な圧迫となっていたとしても、右圧迫と中島の現金二〇万円交付との間には因果関係が認められないから、恐喝罪は成立せず、無罪であるのに、被告人が山本と共謀の上、中島から金員を喝取したと認定した原判決は、事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というものである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、原判決挙示の証拠によれば、被告人が原判示のとおり、山本と共謀の上、中島を脅迫して畏怖させ、その結果、同人から現金三〇万円の交付約束をさせた上、その二日後に被告人ら両名に現金二〇万円の交付をさせて金員を恐喝したことが優に認められる。

所論は、中島には、山本へ金員を立替して支払う理由が充分あった、すなわち、中島が森幸儀の債権者ということで同じ立場にある山本との間で「森の所在が分かった場合、互いに連絡し合おう。」と交わした約束を破り、森と会いながら嘘の弁解をしたことなどから、中島が森の山本に対しての借金の一部を立替え払いすることになった、本件の金二〇万円がそれである、と主張する。しかしながら、立替払いをさせる理由があったとしても、脅迫して支払いをさせればもとより恐喝罪の成立は免れないところ、被告人ら両名は、原判示の平成三年一〇月六日午後八時ころ、総勢五人で中島方へ押し掛け、同家の洋間に上がり、被告人ら両名で中島に対し「森はもう関係ない、お前とこで払え。」「連絡しないのはお前悪いから責任もて。」「払わんと承知せんぞ。」などの脅し文言を並べて脅迫し、被告人ら両名の気迫に畏怖した中島が右要求に応じないときは家から連れ出されて暴行を受けるのではないかとの不安に陥り、その恐怖心から被告人ら両名の金員要求に応じて現金三〇万円の交付約束をしているのである。

所論は、被告人及び山本両名の中島に対する原判示のような内容の文言は、約束を破った中島の責任追及に当たっては許された範囲内の文言であるというが、証拠上到底採用できない見解である。また、所論は、被告人ら五名が同人方を訪ねた時刻も午後八時ころであって時間的にもそれほど遅くなく、当時、中島方には他に来客があったこともその証左といえる旨主張するが、午後八時過ぎという時刻自体はそれほど遅くなくても、夜間にほかならず、当時の中島の家族が、中島夫婦と妻の母親と未婚の娘の四人であったところに、屈強な男五人の突然の来訪であってみれば、中島に対してはかなりの心理的な威圧要因となったことは否定できないところである。当時、中島方に来客があった点は、前記認定を左右するものとは認められない。右主張は採用できない。

以上説示のとおりであるから、原判示の事実を認定した原判決には、なんら事実誤認はない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、量刑不当の主張であり、要するに、被告人に対して刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。

本件は、被告人が、元暴力団山口組系松山組内貝本会傘下天道組舎弟で、かつ、まぐろ船の乗員に日用雑貨品を販売する傍ら金融業を営む原審共犯者山本と共謀の上、同人がまぐろ漁業船員森に貸し付けた債権約六〇万円の回収にあたり、森の所在を捜している中島との間で同人の所在が分かり次第連絡し合う約束をしたのに、中島が森と出会っておきながら山本への連絡を怠ったことを口実に、中島から金員を恐喝することを共謀し、こもごも中島に対して脅し文言を並べて金員を要求し、同人から現金二〇万円を喝取したという事案である。被告人は、本件当時、太地町太地の病院に肝炎で入院していたが、山本から森を一緒に捜すように頼まれ、被告人が運転する車に山本外一名を乗せて捜し回り、途中、尾﨑教勉が運転し外一名が乗車する車と出会い、被告人から同人らに対して一緒に森を捜すことを頼み、以後二台の車に分乗した五名が行動を共にし、中島方では、被告人及び山本の両名が中島に対し、こもごも脅し文言を並べて金員交付を執拗に要求し、同人から現金三〇万円の交付約束を取り付けた後に現金二〇万円の交付を受けて喝取したというのであって、悪質なものであり、犯情は芳しくない。加えて、被告人は原判決が「累犯前科と確定裁判」の項で説示するとおり、本件犯行が、前刑での刑執行終了後五年の期間内に犯されたものであり、また、平成三年九月一二日和歌山地方裁判所田辺支部で暴力行為等処罰に関する法律違反、逮捕、監禁、暴行罪により懲役八月の実刑判決を受けた事件(確定平成四年二月一五日)の控訴中の犯行であったことに照らすと、被告人の法軽視の態度は著しく、被告人の刑事責任を軽くみることはできない。そうすると、原判決が被告人を懲役六月に処しながら執行猶予を付さなかった点も理解できないわけではない。

しかしながら、他方、被告人は、本件当時、水産加工の正業を持ち生活していたこと、本件が原審共同被告人山本に誘われての偶発的犯行であり、しかも、従属的立場にあったことで犯行への加功の程度が弱いこと、被害は回復されていること、また、最近婚約したその相手が、原審公判において、被告人が再度過ちを繰り返さないように被告人と協力して行くなどと証言していること、その他、所論が指摘の被告人に有利な諸事情をしんしゃくすると、婚約者の協力を得ながら社会内での自立更生の機会を与えるべく刑の執行を猶予するのが相当と認められるから、被告人を懲役六月の実刑に処した原判決の量刑(求刑懲役一年)はその執行を猶予しなかった点において重過ぎて不当であるといわざるを得ない。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、更に判決することとする。

原判決の認定した「本件犯行に至る経緯」及び「罪となるべき事実」に、原判示の「累犯前科と確定裁判」を引用の上、判示所為は刑法六〇条、二四九条一項に該当するところ、右は確定裁判のあった暴力行為等処罰に関する法律違反、逮捕、監禁、暴行の罪と刑法四五条後段の併合罪であるから同法五〇条により、まだ裁判を経ない判示恐喝罪について更に処断することとし、前記の累犯前科があるので、同法五六条一項、五七条により再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、刑の執行猶予につき同法二五条一項を、原審における訴訟費用を被告人に原審共同被告人山本武重と連帯して負担させることにつき刑訴法一八一条本文、一八二条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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